「NIPPON」探究スクール指定
2014/09/18

平成26年度「NIPPON」探究スクール 活動報告3

| by:企画・研究課

摂南大学研修 8月24日(日)
 文書館の徳野隆先生から御紹介いただいた摂南大学教授佐藤正志先生から「羽ノ浦町岩脇地区の小作争議」についての特別講義をしていただけることになりました。

 ちょうど,摂南大学のオープンキャンパスで,講義前にいろいろと見学させていただきました。驚いたことに,受付でいただいた資料の中に,ランチサービスチケットとドリンクサービスチケットが入っていました。たいへん助かりました。

 佐藤先生の研究室での特別講義では,私たちのためだけにわざわざ20ページにも及ぶような資料を用意してくださっていて,恐縮すると同時に身が引き締まりました。
 資料に基づいてわかりやすくお話してくださったので,大正デモクラシー研究の最先端や,当時の徳島県内での小作争議についてよく理解できました。これまでの文書館研修や石井町公民館研修の内容が有機的につながって,全体像とともに岩脇争議の実像に迫ることができたように思います。初期の小作争議と後期の小作争議での質の違いや,争議の要望と緩和のために組織された協調組合の持つ意味について教えていただき,帰ってから自分たちでもさらに調べてみようという気持ちになりました。講義後の質問にも丁寧に答えてくださり,あっという間の2時間でした。最後には,各人に1冊,御著書もくださり,本当に感激しました。
 佐藤先生,ありがとうございました。頑張ります。

資料いっぱいの研究室での講義


講義後に研究室で記念撮影



15:24 | コメント(0)
2014/08/16

平成26年度「NIPPON」探究スクール 活動報告2

| by:企画・研究課

石井町中央公民館研修 8月5日(火)

 文書館の徳野隆先生から御紹介いただいた石井町中央公民館の立石惠嗣先生の講義を聴講できました。
 立石先生の研究テーマの1つが,徳島県における藍作から桑作(養蚕・製糸)・稲作への転作であり,時代としては江戸末期~昭和初期にあたります。大正期における農民運動にも精通されており,大変参考になりました。
 映像資料やパワーポイントでのスライドショウなども織り交ぜて,とてもわかりやすくお話してくださいました。「当時の人々のおかれた状況や気持ちがイメージできるようになると,歴史の勉強は楽しくなるよ。」と,研究に取り組む姿勢についてもアドバイスをいただきました。


立石惠嗣先生より江戸後期からの日本と徳島について講義していただきました。


平成10年放送のNHK徳島「徳島映像の20世紀」が参考になると,見せてくださいました。
16:23 | コメント(0)
2014/08/16

平成26年度「NIPPON」探究スクール 活動報告1

| by:企画・研究課


徳島県立文書館研修 7月25日(金)・8月1日(金)

 本年度の活動テーマは「徳島県における大正デモクラシー」です。
 まずは,明治から昭和初期にかけての日本と徳島県の情勢・動向についての講義を聴講することにしました。講師は,徳島県立文書館の徳野隆先生にお願いしました。徳野先生は高校の教壇に立たれていたこともあるということで,具体的な資料を提示してくださりながら私たちが理解しやすいように,基本的な内容から1つずつ丁寧にお話ししてくださいました。
 また,より専門的な講義をしていただける講師の方や,今後の研究の進め方,資料調査の仕方などについて,とても具体的に教えてくださいました。


文化の森にある徳島県立文書館に着きました。


当日やっていた古文書修復作業も見学させていただきました。


参考になる文献や画像資料等も見せていただきました。


16:12 | コメント(0)
2014/03/31

平成25年度「NIPPON」探究スクール 活動報告 4

| by:企画・研究課

(1) 2月15日(土)
県立二十一世紀館で行われた平成25年度スーパーオンリーワンハイスクール事業,「NIPPON」探究スクール事業中間報告の生徒活動発表会に参加しました。






(2) 2月14日(金)
平成25年度課題研究発表会が徳島市文化センターで行われました。最後に「NIPPON」探究スクール事業の中間報告会を行いました。 
発表用パワーポイント原稿は以下のPDFファイルをご覧ください。

発表用パワーポイント原稿.pdf





18:10 | コメント(0)
2013/12/04

平成25年度「NIPPON」探究スクール 活動報告 3

| by:企画・研究課

(1)10月4日(金)
 徳島城博物館,旧徳島城表御殿庭園をボランティアの方の案内で見学し,城跡も同時にフィールドワークしました。阿波徳島藩の城下町徳島は阿波藍の隆盛とともに政治・経済・文化の中心地として発達し全国有数の城下町を形成したようです。藍の他,米や砂糖,塩等たくさんの農産物がとれました。そのため水運業も大きく発達し,紀伊水道に面した徳島は水運の中心地で「水の都」として栄えたようです。また,明治になって阿波藍の衰退とともに地域経済の低迷と停滞が始まったそうですが,昭和初期でもまだ四国第一の人口を要する大きな町でした。
徳島城の敷地について


徳島藩御召鯨船千山丸


(2)11月25日(月)
 自然派ハム工房リーベフラウ店長獣医師の近藤保仁先生を講師にお迎えしソーセージ作りを体験しました。先生は5年間準備し,1年間のドイツ留学をされたそうです。ドイツ人はすごく合理的で無駄をしないそうです。ソーセージは豚をと殺し食肉をとり,残りのところも無駄なく合理的に使いましょうという発想から出てきたそうです。ミンチを羊の腸に入れたものがウインナーソーセージ,豚の腸に入れたものがフランクフルトです。シャウエッセンは食べるのを見せるという日本の企業の造語だそうです。ミンチにタマネギ,塩,コショウを入れてねっていくとだんだんと手になじんできます。絞り出しに羊の腸を接着するのが大変難しかったです。また,ゆでたソーセージは赤くなりませんでしたが,大変おいしかったです。

ミンチをねっているところ


絞り出しにミンチを入れたところ


羊の腸にミンチを絞り出すところ


ある程度の大きさでソーセージをよったところ


ボイルしたソーセージは赤くならなかった


試食Time


17:19 | コメント(0)
2013/11/14

平成25年度「NIPPON」探究スクール 活動報告 2

| by:企画・研究課

(1) 8月26日(金)
   本校教諭の越前範子先生からドイツについてのお話をうかがいました。先生は2009年から2年間徳島県と友好提携を結んでいるドイツのニーダザクセン州の学校で日本語を教えられていました。ドイツは北海道ぐらいの気候で,冬は雪が多いそうです。 生徒の放課後の活動は日本のように学校でするのではなく,地域社会でクラブチームに参加し活動しているそうです。また自動販売機はほとんどなく,日曜日,マーケット等はほとんど閉っているとのことでした。                                          
現在のドイツについて



(2) 9月11日(水)午前
   午前にドイツ総領事館を訪問し,午後高田屋嘉兵衛顕彰館を見学しました。
   まずドイツ総領事館では別室で全員ボディチェックをうけました。そのあと会議室で副総領事のフローリアン・イェーガーさんのお話を飛鳥井たまきさんの通訳で2時間弱うかがうことができました。ドイツの歴史や経済,教育事情,エネルギー問題,福祉の問題,板東俘虜収容所等について説明を受けました。生徒側からもいじめ問題や高齢化社会等について質問が次々と出され予定時間をかなりオーバーしてしまいました。ドイツも日本と同じよう問題を抱えていることがわかりました。

 ドイツ総領事館説明①     


ドイツ総領事館説明②


副総領事と



ベルリンの壁の一部


(3) 9月11日(水)午後
   高田屋嘉兵衛顕彰館では学芸専門員の斎藤智之さんに説明をしていただきました。
   阿波徳島藩は藍を中心に農産物が多くとれ経済的に裕福であり,古くから水軍や廻船業が発達していたそうです。高田屋嘉兵衛ははじめ兵庫港に拠点を構えましたが,やがて箱館に拠点を移し択捉島や国後島間の航路開拓や漁場を開くなど北方の開拓者として活躍したそうです。なかでもゴローニン事件編では自身が抑留されリコルドと信頼関係を築きその解決に努力したことが知られています。
   ここでも日本とロシアの友好関係を知ることができました。

学芸専門員さんの説明①


学芸専門員さんの説明②


高田屋嘉兵衛とゴローニンの像の前で


12:53 | コメント(0)
2013/10/17

平成25年度「NIPPON」探究スクール 活動報告 1

| by:企画・研究課

(1) 7月26日(金)
 城東高校近隣をフィールドワークしました。校内にある関寛斎翁の慈愛進取の碑や中徳島河畔緑地公園にある石碑を見学しました。また,蜂須賀家船出地や建具,仏壇,鏡台を作っているところが多くあるのを確認しました。江戸時代の水軍の拠点で船大工さんがたくさん住んでいた時の名残を知ることができました。

慈愛進取の碑 

 

関寛斎翁の碑



(2) 8月5日(月)
 バルトの庭,ドイツ村公園,ドイツ館を見学しました。
 最初に映画「バルトの楽園」のロケセットを移設したバルトの庭を訪問した。長時間にわたり職員の方に説明をしていただいた。板東俘虜収容所は他の収容所とは違い,ドイツ兵たちの自由がとても広い範囲で保証され,パンやビール造り新聞の発行,サッカーやテニス,ボウリングなどのスポーツ,近隣住民との交流,所内での通貨の流通など比較的自由のある生活を送っていたとのことでした。
                               
バルトの庭                         


バルトの庭


 次にドイツ村公園,すなわち収容所跡地を訪れたが敷地の半分は市営住宅に残り半分は公園になっていました。公園には給水塔や慰霊碑が残っており当時の面影をうかがいしることができます。

給水塔跡 
                  

パン焼窯跡


ドイツ兵の慰霊碑 


日独友好の碑


 次にドイツ館では音楽に関するエピソードを中心に徳島オーケストラ,エンゲルオーケストラについて詳しく知ることができました。

オーケストラの模型


収容所敷地の模型

 最後に大麻比古神社にあるドイツ兵と日本人との交流の一つであるドイツ橋,メガネ橋を見学しました。

ドイツ橋


眼鏡橋


09:14 | コメント(0)